スイスに戻る前、日本でパパと電話で話したタクマは、「パパ、たっくんの知らない言葉で話してた。」と言うほど、すっかりドイツ語を忘れてしまいました。おかげで、日本語はばっちり!静岡弁、完璧です。ひらがなもばぁばに教えてもらってちゃんと読めるようになったし、しりとりだって、すっごく早い!景都姉ちゃんに日本の歌もいっぱい教えてもらって、すっかり日本の子供のようになったタクマ。
空港でパパに会ったときは、「アッティ、アッティ!(パパのこと)」と、アッティ以外に言葉が出てこないので、ひたすらアッティ連発、そして、「ねぇ、ママがパパに言ってよ。」と言う始末。ママだってドイツ語、忘れちゃったんだよぉ・・・。(汗)
でも、パパがお休みを数日取ってくれてあったので、タクマのドイツ語は1日で戻ってきました。私は、そういうわけにはいきません。(涙)
日本についてすぐ病気になったタクマは、「スイスに帰りたい。」と泣いて、私達を困らせたけれど、元気になって、日本を離れる頃には、菫埜にずっと居たいと言っていました。
スイスに戻ってきてからも、「菫埜に帰りたい。。。菫埜には、じぃじもばぁばもろんろん(姉)も景都もいるし、ほら、ふみちゃん(叔母)、きわおばあちゃん(タクマの曾おばあちゃん)もいるじゃん。」なんて、言うようになりました。いつもたくさん人がいて、菫埜はにぎやかだったもんね。タクマには、日本と、チューリッヒのおうち、そしてパパの田舎、帰りたい場所、会いたい家族がたくさんいて幸せだね。
でも、タクマは自分の部屋でお気に入りのミニカーをいっぱい並べて遊ぶのが、ものすごく嬉しいみたいで、自分の部屋が1番恋しかったみたいです。